「深さ」×「広さ」

公開から二週間が経ちました。いろいろ考えさせられた二週間でした。

「十数名のメンバーではできることに限界がある。
でも、1億2千万人のメンバーができることには希望がある」

これを書いた時点では机上の空論でしかなかった「限界と希望」。実際、限界がどのようなもので希望がどれほどのものだったのか。経過報告を兼ねて自分が思ったところを書こうと思います。

英訳の質

質について(梅田さんが既に言及されているが)、ネイティブの反応のいいとこ取りをすると、

Given that this is an ‘open-source’ effort, I think it is VERY good.

First reaction: Wow. This is actually a readable piece of work!

とりあえず最低限の意味が通じるラインは達成できていたようです。一安心。社交辞令疑惑払拭のために、ネイティブによる感想をもう一つ

ok finally finished this online book. Quite interesting. I must disagree with some of the philosophy of Chapter 1.

直接質には言及がないものの、本の内容に関する考察がされていることから想像するに、少なくとも原著の内容とニュアンスはある程度伝わっていると考えていいだろう。

英語→多(他)言語

さらに、仏訳リーダーid:yoshihisa_yamadaさんの圧倒的な発想力

原著=日本語→英語→他の外国語

と行動力

スペイン語訳、ポーランド語訳プロジェクト発足か

のおかげで、公開されている英訳から新たな試みが派生しようとしている。このような英語経由の翻訳の試みは改めて英語の強さを知らしめるものであり面白いし、『将棋を観る』がさらに多くの人に読んでもらえることになる可能性が高まったということであり素晴らしい。
そして、以前Wisdom of Crowdsの可能性として書いた

例えばこの翻訳を読んでくれたアメリカ人将棋ファンが、「ここは棋譜を見るだけだとわかりにくいから、オレが実際に解説を口頭で説明したものを録画して、Youtubeにアップするから、翻訳にリンクをつけておいてよ」

Youtubeで海外向けの将棋紹介ビデオを配信しているHIDETCHIさんhttp://www.youtube.com/watch?v=EIBBYf9iZeI:title=「Famous Shogi Games: HABU vs SATOU (Jun. 11th, 2008)」]に早くも現実にしていただいた。いい意味で予想が裏切られて、日本人がこれをやったのには驚いた!

「将棋」という壁

英訳から様々な新たな試みが派生するなど盛り上がりを見せている一方で肝心の英訳のブラッシュアップ自体はさほど盛り上がっていない。かなり真剣に取り組んでくれている人もたくさんいるのだが、公開した時点で予想していた数には残念ながら及ばない。

わたしも最初は、修正作業はどんどん進むのではないかと勝手に考えていたが、現状は決して楽観できないように思える。

と"Party in Preparation"さんが書かれているが、僕も全く同じように感じている。さらに続けて"Party in Preparation"さんから引用させて頂くが、

62億人の中に、日本の将棋について書かれた英文に興味を持ち、修正を加えようという人間が果たしてどのくらいいるのか。

本当にその通りである。翻訳段階の狂気じみたスピードにどっぷり浸かってしまっていたために客観的視点を持てずにいたが、そのスピード感から解放されたいま冷静に考えてみて、はたして将棋関連の書物を読んでやろうと思う人がどれだけいるだろうか。一つ確実に言えるのは、僕が単に62億人分の単なる1人だったら絶対に修正作業には加わらなかったであろうことである。あの膨大な訳を突きつけられて読んでやろうなんて思ったとは思えないし、ましてや特に日本人は原著が読めるんだから英語に直してやろうなんて思う余地がない。それでも修正作業に協力してくれる人がいるとしたら、「これを他の言語の人にも読んでほしい」と思う将棋好きの人くらいということになろう。Wisdom of Crowdsを取り込もうといろいろ試行錯誤をしてはきたものの、そもそもそのCrowdの母数自体が少ないのである。しかも追い討ちをかけるようにid:hyoshiokさんが 40代、50代の人たちはなぜ表現しないのかというエントリーを書かれている。「40代、50代の人たち」にこそ将棋好きが多くいるというのに。。。表現をする将棋好きのパイが圧倒的に小さいという現実に直面して考えてみると、少し悲観的過ぎるかもしれないが、ここからの劇的な翻訳の質の向上は望めそうにない。
が、だからといって今回の試みが失敗だったかと問われれば自信をもってそんなことないと答えられる。現に、頼んだワケでもないのに世界のどこかに最初から最後まで訳文を読んでくれている人がいる。
今回僕たちグループメンバーは、熱意を持った10人が集まれば本一冊くらい余裕で十分にreadableな質を保証した上で訳せてしまうことは証明できたのである。(今回は何もかもが初めて尽くしだったために余分な人手が必要だったが、取りかかりから公開までの流れがもっとスムーズになれば5人で十分かもしれない。)これだけで十分に新たな可能性を世に示せたと自負している。

今度は他の本で

現状で満足しているわけでは決してない。どうすればWisdom of Crowdsを今以上に巻き込めるのだろうか。思うに、母数の大きいCrowdsが躍動する場はまだできていない。「母数が大きい」とはどういう状態か。二つ考えられる。一つに、将棋好きを増えること、二つに、そもそも興味を持っている人が多い他の分野の本で新たなプロジェクトを立ち上げること。一つ目は非現実的であろう。となると二つ目しか残らない。将棋には興味がなくても他の分野なら興味がある人はいくらでもいる。今回が「将棋」の本でなく「野球」の本だったらどうだったか。野球好きなんていくらでもいる。より多くの「野球」好きのCrowdを巻き込めたかもしれない。

日本文化を世界に発信する大きなCrowd

今の段階ではこれまた「机上の空論」でしかない。ただ、様々な例えば日本文化に関するニッチな本が翻訳されるようになれば、面白いと思う。ミクロ(一冊単位)ではそれほどCrowdはないけどマクロ(たくさんの本)でみたらそこには日本文化を世界に発信する膨大なCrowdsがありえる。 今の時点では『将棋を観る』からいろいろな試みが派生して「深み」を帯びているが、ここに他の本でもという「広さ」が合わされば劇的な変化が生まれるかも?